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    旅先
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      春の気配を感じると思っていたら、今朝は雪が舞っている。
      薄着はもうすこし先かしら。

      最後の春休みを過ごしている。

      中学生の頃、「いつか一緒にヨーロッパに行こう」と言い合った友達と、
      イタリアとパリへ。8年の歳月を経て果たされる約束は甘美だった。
      お決まりの「冷静と情熱のあいだ」のドゥオモにも登った。
      長友選手の暮らすミラノの街も歩いた(しかしその頃長友は日本で試合をしていたらしい…)。
      おいしいピザやお酒、すいすい飲めるエスプレッソ、朝食のクロワッサン。
      美しい教会、寺院、鐘楼に橋。貴重な美術品の数々。
      写実主義の油絵と宗教画は、もう金輪際見なくてもいいと思えるほどに圧倒された。
      建造物はみな大きく、装飾的で、それらは心が追い付かないほどに
      美しかったけれど、どうしようもなく俗っぽかった。動物的ではなく、人間的だった。
      慎ましやかであることや、足るを知るというこころ、キリスト教ではなくて仏教のこころ、
      自然とあわせること、きりりとした山の空気がほしくなった。

      それで、あからさまなのだけれど、明日は高野山に行くことにした。
      お寺に一度泊まってみたかったこともあって、せっかく余裕のある春休み、
      京都ではなくわざわざ少し足を延ばしてでも行きたいところとして、高野山へ。
      本は、もっていかないでおこうと思う。


      雑記。
      以前ネットの記事で、男性は結果主義、女性は過程主義である、というのを見た。
      もちろん一概には言えない話だが、これがなかなかしっくりきてしまった。
      たとえば、成長・経験、ということばがわたしは苦手である。
      結果的に行為が自分の成長や経験に至ったとしても、
      そういうことを最初から目的にしたり期待したりすることが好きじゃないのだ。
      ヨーロッパに行くと言っても高野山に行くといっても、あるいはバイトをやめるといっても、
      恋人は、その二語を使ってにこにこしてくれるのだけれど、わたしは途端にしゅんとしてしまう。
      そういうとき、結果主義と過程主義というその記事を思い出したりする。
      わたしがほしいのは、「行く」ことなのであって、何かを得に行くわけではない。
      結果的に得られるものに興味がない。行為のおかげで成長しているひとりの人間としての
      自分は認めるけれど、そこに達成感やよろこびは、ほとんど感じない。
      いつも、行為のはじまりからおわりまでの道のりにおける幸福感がつのるばかりだ。

      恋人ができてから、男女のもつ感覚の違いを目の当たりにすることが増えて、
      ほんとうにたのしい。(という気持ちも、過程を楽しむ女心なのかしら)

      | nikki | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
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